我が国における植込型補助人工心臓適応適正化の考え方:Destination Therapyについて


平成27年3月

 

我が国における植込型補助人工心臓適応適正化に関するDestination Therapyについて、補助人工心臓治療関連学会協議会植込型LVADの適応の適正化に関する検討ワーキンググルループ(委員長 萩原誠久)およびDestination Therapy(DT)研究会が中心となって検討を進めてまいりましたが、今回「我が国における植込型補助人工心臓適応適正化の考え方:Destination Therapyについて (2014.12.22) 」として纏めましたので、今回提示します。

 

補助人工心臓治療関連学会協議会 代表  許 俊鋭

副代表 中谷武嗣

Destination Therapy(DT)研究会 代表世話人 澤 芳樹

1. 背景

 移植適応のある重症心不全患者に対する植込み型左心補助人工心臓(LVAD)が我が国でも保険医療として使われるようになり3年経過し、300症例近い植込みが行なわれている。

そしてその成績は、1年生存率は90%と我が国での体外式LVADの成績はもとより、米国での植込み型LVADのそれを凌駕する成績が得られている。また植込み患者の多くは退院可能であり、本治療の対象症例がカテコラミンによる入院加療が必要な、2年以上の生命予後が期待できない心臓移植待機患者であることを考えると、生命予後のみならず患者QOL向上の観点からも有効な治療と考えられる。しかしながら様々な問題点も明らかになってきた。

一つはこの治療を保険診療で行なうためには対象患者は移植登録される必要があり、深刻な心移植ドナー不足が続く本邦において更なる登録患者の増加、移植待機期間の延長を起こしている。

また移植申請が間に合わない患者においては従来の体外式LVADを装着せざるを得ずそれによる合併症、入院期間の延長等の問題も生じている。一方海外に目を向けると、欧米では移植を前提としない植込み型LVADの使用(DT:DestinationTherapy)には10年以上の歴史があり、2012年には米国では年間1000例近い重症心不全患者の治療として使われている。

そして、このDTの妥当性は2001年のREMATCH試験(RCT,n=129)で内科治療に比して有意な生命予後改善効果があることが示されて以来、多くの研究により証明されている。

以上より移植を前提としない植込み型LVADの使用(DT)を我が国でも適正に施行するための指針の作成をおこなった。

2. DT実施施設基準、DT実施医基準

 日本循環器学会/日本心臓血管外科学会合同ガイドライン(2011-2012年度合同研究班報告)重症心不全に対する植込型補助人工心臓ガイドラインに基づき、補助人工心臓治療関連学会協議会によって認定された植込型LVAD施設、植込型LVAD実施医とする。

3. DT患者選択基準

 日本循環器学会/日本心臓血管外科学会 合同ガイドライン(2011-2012年度合同研究班報告)重症心不全に対する植込型補助人工心臓ガイドラインにある適応基準を基本とする。ただし上記ガイドラインでは、植込型LVADの適応基準として心臓移植適応の有無については言及されておらず、また年齢に関しては65歳以下が望ましいが、身体能力によっては65歳以上も考慮するとあるが、詳細については述べられていない。従ってDTとしての患者選択基準として以下の条項を追加する。

 

心臓としては移植が必要(2年以上の生命予後が期待できない、米国のCMS criteria(注1)を満たす)だが、心臓以外の理由により移植適応とならない成人症例(18歳以上)の内、以下の5条件を満たす症例はDTの適応として認める。

  1. INTERMACS profile3 が望ましい。ただし、profile 1は除外する。
  2. 年齢、腎機能、肝機能についてはJ-VAD risk score (Japan-VAD risk score)で high riskでないこと(注2)
  3. 移植適応とならない他疾患がある場合、専門家によりその疾患による平均余命が5年以上あると判断されること(注3)
  4. 介護人がいること(同居が望ましい)。継続して介護できることが望ましい。
  5. 患者及び家族がDTの終末期医療について理解し承諾していること。

 ただし以下の条件に当てはまる症例は除外する

  1. 慢性透析症例
  2. 肝硬変症例
  3. 重症感染症
  4. 術後右心不全のため退院困難なことが予測される症例
  5. 脳障害のためデバイスの自己管理が困難なことが予測される症例
  6. その他医師が除外すべきと判断した症例

 以上の基準に基づき、多職種からなる各施設の院内検討委員会で症例選択を行い、補助人工心臓治療関連学会協議会へ届け出を行なう。原則としてデバイス交換症例に関しては事前に補助人工心臓治療関連学会協議会への届け出を行なう。また各施設は全てのDT症例をJ-MACSに登録する義務を有し、その成績及び症例選択プロセスは補助人工心臓治療関連学会協議会で評価を行う。 

 

注1:CMS criteria for DT-LVAD : patient selection criteria updated November 9, 2010.

  1. 食事療法、ACE阻害薬,βブロッカーを用いた最大限の内科的治療を少なくとも45日続けたにも拘わらずNYHAIV心不全。またはカテコラミン(14日)、IABP(7日)依存状態
  2. LVEF < 25%
  3. Peak VO2(最大酸素消費量) ≦ 14 ml/kg/min.(ただしカテコラミン、 IABP 依存状態等で身体活動が制限される場合を除く )

 以上3つを全て満たす、2 年以上の生命予後が期待できない、移植適応でない患者

 

注2:J-HeartMate Risk Score(J-HMRS)

米国でのHeartMate II の BTT, DT治験データから得られた有意な術前危険因子を用いて HeartMate II植込み患者の予後を予測するリスクスコアであるHeartMate Risk Score(HMRS) (Cowger J, et al. JACC 2013)は以下の式にて計算される。

 

HMRS= 0.0274 x 年齢 ? 0.723 x alb (g/dl) + 0.74 x Crn (mg/dl) + 1.136 x INR + 0.807 x (0 or 1)(経験豊富な施設ならば 0)

 

このHMRSは、Low risk < 1.58 ≦ medium risk ≦ 2.48 < high risk と分類され、low riskであれは米国のDT患者では1年生存率は80%以上と報告されている(Cowger J, et al. JACC 2013)。この米国のHMRSでは経験豊富な施設の定義は年間植込み症例が3症例以上ある施設と定義されているが、J-HMRSでは経験豊富な施設の定義を 2 年間で植込みLVADの経験が3症例以上ある施設とし、その他の因子はHMRSと同じとする。

 

また65歳以上の症例では計算されたJ-HMRSがlow riskであることとする。

 

注3:心臓移植適応に準じて悪性疾患の場合は、化学療法を受けている症例は除外する。

4. DT患者管理ガイドライン:DT終末期医療のガイドライン

 植込み手術、周術期管理、慢性期在宅管理に関しては日本循環器学会/日本心臓血管外科学会合同ガイドライン(2011-2012年度合同研究班報告)重症心不全に対する植込型補助人工心臓ガイドラインに基づいて管理される。終末期における植込型LVADの管理についても上記ガイドラインに基づいて管理されるが、DTにおける終末期医療のプロセスは慎重であるべきと考え、植込型補助人工心臓ガイドラインに加えて、日本集中治療医学会、日本循環器学会、日本救急医学会による3学会合同の 救急・集中治療における終末期医療に関するガイドラインも参考にしつつ、DT終末期医療のガイドラインを以下の様に考える。

 

1)植込型 LVAD-DT 治療開始時における説明と同意

 終末期医療はDTに特別なものではないが、DTにおいては治療開始時に治療のend pointである死を意識せざるを得ない。この治療前においてDTにおける終末期医療について本人、家族や関係者(以下、家族らという)に説明を行ない、終末期に至った場合に植込型LVAD駆動中止等の延命中止の選択肢があることを伝える。そして延命治療に関して本人の意思を事前指示書として残す。ただし事前指示書は治療経過の途中で変更可能であることも伝える。この治療前説明には複数の医師、看護師、臨床心理士、ソーシャルワーカー、人工心臓管理技術認定士等による多職種による医療チームがあたる。

 

2)終末期における医療

 DT治療目的達成不能と判断された症例については、上記多職種からなる院内検討会で、救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン、植込型LVADガイドラインに基づき終末期である否かを判断する。終末期であると判断された場合、両ガイドラインに基づき、多職種からなる医療チームによって、患者・家族らに 治療が困難でこれ以上の治療は患者の尊厳を損なう恐れがある事を充分説明し、終末期医療のあり方、治療の中止について話し合う。終末期医療では先ず本人の苦痛を取る緩和医療を最優先とし、次に治療を中止する方法について、患者本人の意思を示す事前指示書等に基づき家族と相談の上決定する。

 

 本人の意思が不明で、家族らが延命治療を希望した場合も、両ガイドラインに基づき医療チームは患者の状態を再度説明し、延命治療の継続が患者の尊厳を損なう恐れがあることの理解が得られるよう努める。

 

 尚、終末状態でないにも関わらず本人あるいは家族らから植込型LVAD駆動中止の強い要望がある場合など、医療チームで判断できない場合には施設倫理委員会にて、判断の妥当性を検討することも勧められる。

 

3)患者家族のケア

患者が終末期であると判断され、その事実を告げられた家族らは動揺する。このような状況においても、よりよい最期を迎えられるように、医療チームは家族らの意思決定を支え、家族らへのこころのケアを最後まで行う。終末期の家族対応に関しては「集中治療における終末期患者家族へのこころのケア指針」(http://www.jsicm.org/pdf/110606syumathu.pdf)などを参考にする。

 

4)DT終末期医療に関する診療録記載

診療録記載においてはDTにおける終末期の判断やその後の対応は主治医個人ではなく多職種からなる医療チームの総意による事を明確にする。その医療チームによる方針の決定、診療のプロセス(手術説明、承諾、事前指示確認、終末期の判定、緩和ケアの確認、延命中止の説明、同意、家族のケア等)が医療倫理的に妥当なものであったといえる診療録記載を心がける。更に関連した政府・学会によるガイドライン等についての検討事項を記載する。特に終末期の診断とその根拠、家族への説明内容と家族の理解状況、事前指示書を含む患者本人の意思、患者家族の意思、状況の変化の記載は重要である。

5. 植込型LVAD-DT治療の費用対効果

 植込型LVADで術後早期退院が可能で再入院少なく、長期予後が期待される症例を選べば通常の医療と比してさほど高額でない費用で生命予後、QOL改善効果が著しい医療を提供できる可能性がある。従ってDTの対象患者としては入院によるカテコラミン持続点滴が必要な重症心不全でありながら状態が落ち着いている症例の中から更に術前のリスクが低い症例を選ぶ。これによりLVAD植込み術後入院期間を減少させ、また合併症による再入院を減少させ、費用対効果にも配慮した医療を行なう。

DT施行後、その費用対効果を含めた治療成績を定期的に検証することにより、今後のより適正な植込み型補助人工心臓治療の適応決定に活かす。

 

(参考)

 米国のデータでは2002年にHeartMate XVEを用いたDTの手術入院費用は平均44日入院して3400万円、1年間の再入院再手術の治療費を含めた医療費総額が平均一人当たり850 万円を要した。機器がHeartMate XVEからHeartMate IIに進化し機械の不具合による再入院が大幅に減少し、また手術、術後管理の進歩により早期退院(平均27日)が可能になることにより、入院費用は半分の1700万円に減少し、逆にMedicareの支払いは350万円から2000万円に増額され米国政府はDTをサポートしている。2010年度における米国のDTに対するMedicareの支払いは200億円と概算され、これは米国のMedicare予算87兆円の0.02%に過ぎず、Medicareで支払われる慢性透析の予算2兆円と比較しても1%に過ぎない。

 

 本邦でのJ-MACS登録症例の内1年間観察された体外式を含む63例の補助人工心臓装着患者の費用対効果は2297万円/QALYと米国のDTでのそれ(2000万円/QALY)と同等であるが、大阪大学の経験では3年以上植込型LVADで生存した症例では費用対効果は 1086万円/QALY と改善している。植込型LVADで術後早期退院が可能で再入院少なく、長期予後が期待される症例を選べば通常の医療と比してさほど高額でない費用で生命予後、QOL改善効果が著しい医療を提供できる可能性がある。

尚、上記の費用対効果分析の手法は、2014年にACC/AHA が作成した医療経済評価の指針*に則ったものであり、比較的、グローバルに普及している医療技術の評価手法の一つである。

 

*:ACC/AHA Statement on Cost/Value Methodology in Clinical Practice Guidelines and Performance Measures: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Performance Measures and Task Force on Practice Guidelines